2018年1月9日火曜日

久喜陣屋





場所 埼玉県久喜市久喜中央4

築城年数 貞享元年(1684年)

築城者 米津正武

こちらも『発見!ニッポン城めぐり』で遊んでいて見つけたました。久喜中央公民館の隣にある御陣山児童遊園から道を挟んだ天王院までが、久喜陣屋跡だと伝えられています。

歴史をさらっと...
天正18年(1590年)徳川家康が江戸に入封されるとの譜代の家臣である米津田政は武蔵を始めとする5郡に5千石を領しました。子・田盛は大阪定番となり1万石加増され、1万五千石の大名として列することになります。田盛の子・政武は弟の田賢に3千石を分地し武蔵、下総、摂津、河内1万2千石領するが、その後武蔵、上総、下総、常陸国内11郡に領地替えとなった際に政武は居所を久喜に定め貞享元年(1684年)に陣屋を構え久喜藩が立藩することになる。

しかし、5代藩主・通政の代に武蔵国の領地が出羽村山郡に領地替えとなったので、陣屋を出羽長瀞に移したため、久喜藩は廃藩となり米津氏5代115年の歴史に幕を下ろすことになります。

お城探索中にお孫さんを連れた初老の男性が教えてくれたのだが、こんもりお山は首塚だったらしいです。お山のてっぺんに祠が祭られているのはその為か?

首塚の祠

首塚の下部にある石碑と供養塔

MAP


訪問日 2017.12.30

0 件のコメント:

コメントを投稿